建築学科は、ものづくりの好きな人が集まり、はたから見ると各々が自由に図面やら模型やらを製作していて、クリエイティブで華やかな世界のように見えます。
しかし、建築系の大学で設計製図の課題に取り組んだ学生ならだれもが、
ものを生み出すという行為の難しさに苦しめられ、かつ思うように先生からの評価が得られないということに悩んだことがあるのではないでしょうか?
授業で何度も製図課題にチャレンジしたが、「自分には設計の才能がない」「建築をつくるセンスがない」と感じた。
もう設計者になるのは諦めて、一般の企業に就職しよ…
そう考えているそこのあなた、ちょっと待ってほしい。
というのも、「自分は設計が合わない」と感じるのは、「建築教育の偏った価値観」が原因である可能性がある、ということを知ってほしいのです。
この記事では、私が社会に出て感じた「大学教育の設計と実務の設計の違い」についてお伝えします。
加えて、私が学生の時に設計製図の授業に対して感じていた違和感を見事に言語化してくれた本を見つけたので、おすすめの一冊として紹介したいと思います。
一度は憧れた設計の道。
その夢を誤解や勘違いで手放すことがないように、設計に向いてないかもと悩んでいる建築学生の方はぜひ最後までお読みください!
「大学で学ぶ設計」と「実務の設計」の違い
初めに、私自身の経歴について簡単にお話したいと思います。
私はとある公立大学の家政系(住居系)の学部で建築を学びました。
他の学生と同様に、設計製図の課題に取り組み、設計の基礎を学びましたが、設計者になる進路を選択しませんでした。
4年で大学を卒業後、不動産デベロッパーに就職しました。
実際に社会に出てビジネスとして建築物を扱う中で、実務で設計者に求められる能力は、大学の時とはまったく違うということに気がついたのです。
その中でも特に私が感じた大きな違いを3つご紹介したいと思います。
1.コストの制約が第一
何をするにもお金で決まる
まず社会に出て感じたことは、建物を実現するにはコスト問題をクリアすることが絶対条件であるということです。
学生の頃は、吹抜けやスキップフロアを多用した遊び心ある空間や、大屋根のダイナミックな造形など、
普通ではない趣向を凝らした計画が、無条件で手放しに評価されていたのではないでしょうか。
しかし、現実の社会では、建物を建てるためには当然ながらお金がかかります。
予算内に納まる設計でなければ、どんなに魅力的な提案であっても実現できないのです。
特に私が働いていた民間の不動産会社では顕著でした。
不動産会社では、建築という投資行為のあと、建てたオフィスや倉庫を貸し出すなり、マンションを販売するなりして資金を回収して利益を出す必要があります。
実現できなかった建築家の提案
建築計画とコスト問題に関して、私が印象的だったプロジェクトがあります。
それは都心の小規模な賃貸マンションの計画で、今をときめく気鋭の建築家に設計を依頼しました。
提案いただいたのは、階段を意匠的に張りめぐらし、テラス空間を充実させた建物で、とっても魅力的なものでした。
社内でもぜひ実現したいと前向きに合意していました。
しかし、施工会社から出てきた見積が、とんでもない金額だったのです。
普通の賃貸マンションを建てる場合と比べると、工事費は2倍以上という実態。予算から大きく乖離していました。
収支を合わせるために賃料を上げることは現実的ではなく、結局、その提案を実現することはできませんでした。
お金を掛けられるプロジェクトはごく一部
このように、設計者がたとえ素敵な提案ができるとしても、それが無条件で採用されることは難しいのです。
クライアントには必ず予算があります。それは絶対的に超えられない壁です。
そのため、無難な建物をそつなく計画することができる設計士の方が歓迎されるケースも往々にしてあるのです。
むしろ、そうした無難さを求めるプロジェクトの方が世の中には多い。
地域の顔や、発注者の看板となるような建築物、斬新さ、目新しさが高く評価されるプロジェクトは全体からすると限られており、それに携われる設計士もごく一部のみであると感じています。
だから、学生さんがもし「自分にはオリジナルな提案力がない」「だから設計に向いていない」と思っていたとすれば、それは誤解だよとお伝えしたいのです。
2.法規制で建物形態はほぼ決まる
2つ目にお伝えしたいことは、実務ではがんじがらめの法規制があるという点です。
大学の課題では法規制が重視されない
学生の時は、設計製図の課題において法規制はそこまで求められなかったと思います。
私の大学では、建蔽率と容積率くらいは計算していましたが、高さ制限などその他の集団規定はノータッチ。
避難規定や消防関連の細々としたルールがどんな内容なのかということも知りませんでした。
制約がない中で、建物棟をあちこちに配置してみたり、階高をめちゃくちゃ上げてみたりと、自由に計画をしていたかと思います。
現実では法規制の制約が大きい
しかし実務では、建物形状や敷地配置は法規制によって相当な制約を受けます。
特に民間不動産会社の場合でいくと、床面積をいかに大きく取れるかが収益のカギになりますので、
土地のポテンシャルを最大限発揮できるよう、法規制をクリアするギリギリを狙って建物ボリュームを決めていきます。
そのため、建物配置計画においては、ほぼ遊び無しと言っても過言ではありません。
もしあなたが自由度の高い提案が苦手なのであれば、
あらゆる法規制・ルールに精通し、制限の中でいかに効率よく建物を形作れるかという、パズリング能力を伸ばしていくことを目標にするのはいかがでしょうか。
そのような戦略により重宝される設計士になるのは、現実的で大いに可能なことなのです。
3.お化粧デザインが結構大事
3つ目にお伝えしたいことは、デザインに対する考え方です。
大学では建物形態のデザインを重視
大学の設計課題における「デザイン」と言えば、建物の「形態」自体のデザインのことを指すことが一般的ではないでしょうか。
アクロバティックな壮大な外観だったり、立方体を組み合わせたような形状だったり、うねるような曲線による平面計画だったり…。
しかし、現実のプロジェクトでは、先に述べたコストや法規制の事情から、そのような建物形態を自由につくれるようなケースは非常に稀だと言えます。
実務ではお化粧デザインが大いに求められる
そこで大事になるのが「お化粧」のデザインです。
例えば、建売住宅の設計をイメージして下さい。
建売住宅はあらかじめ建てておいた住宅を売るというビジネスですから、多くの人に嫌われない、敬遠されないものを提供する必要があり、奇抜な形態のものは採用されにくいです。
プランやスペックなどの個々の違いはあれど、総じて同じような三角屋根の画一的な建物形態になることが多いでしょう。
ただし、そこで「普通の」戸建住宅を、いかに素敵に見えるように工夫していくか?というのが設計者の腕の見せどころだったりするのです。
例えば、ちょっと軒を出してみるとか、外壁の色を変える、玄関ドアのデザインを変える…
顔立ちは「5段階中の3」だとしても、お化粧をきれいにすることで美人に見せていく。
大学ではそうした「お化粧デザイン」については時間を割いてあまり学ばないと思うのですが、実際の仕事では大いに求められるスキルだと思います。
大学で学ぶ設計教育の偏った価値観(おすすめ書籍)
私のもやもやを晴らしてくれた一冊
ここまで、実務の設計と大学で学ぶ設計の違いについてお伝えしてきましたが、当然、私も学生の時はそんなことは一切知りませんでした。
ただ漠然と設計製図の授業に対するもやもやを感じていて、それがすっきりしないまま卒業していきました。
ところが、その何とも表現できない言いようのない違和感、不満感に対して、
ある日とある書籍を読んだことで「こういうことだったのか!」と腹落ちすることができたのです。
その本がずばりと指摘し言語化してくれたことが非常に爽快だったので、おすすめの1冊として紹介したいと思います。
それは、「非常識な建築業界 「どや建築」という病(森山高至・著)」という本です。
そこにかかれていた設計製図課題の授業におけるエピソードにめちゃくちゃ共感したので、引用したいと思います。
先生はどこにでもありそうな戸建住宅を思わせる図面が提出されると、「こんなのは建売住宅のプラン(間取り)だよ」と吐き捨てるように一蹴します。あるときなど、「うーん、住宅としては○だけど、建築としては×だな」と退けられた学生がいて、彼は軽くパニックを起こしていました。住宅としては○だけど、建築としては×……はぁ?
引用元:非常識な建築業界 「どや建築」という病|森山高至
いやこれめっちゃわかるー!
ほんと、これに近いことが私が学生の時にもあったんですよ。
変わった建築物、個性的な建築物が優秀で、普通の建物は口には出さないけどゴミクソ以下でしょという考え方。
(言葉が汚くてすみません)
社会に出てからそんなことはないと強く感じましたし、
今こうして改めて文章で読むと「この先生何言うてるん?」と冷静に思えるんですが、
学生の時はこういう価値観が絶対と思い込んで過ごしているし、それを否定しにくい空気感もあったりして、反論したり意見を主張したりというのができなかったんですよね。
しかしこの本を読んで、「オリジナル性が素晴らしい」と考えることはひとつの「ものの見方」であり、価値観のひとつに過ぎなかったんだよということ知ったので、
私の長年のもやもやが晴れてすとんと腑に落ちることができました。
「普通」と言われる建物を、便利で快適に使えるように設計することだって、誇りある仕事ですし、そういう仕事の方が社会から求められる機会も多いんですから。
それなのに、なぜ大学において「オリジナル性」が偏って重視されるようになったのか、
戦後から高度経済成長期、バブル期と建築へのニーズが変化していく時代の流れを踏まえて本の中で説明がなされており、なるほどなと深く理解しました。
あなたが「設計に向いていない」と悩んでいるのは、実は私と同様、「オリジナル性」を絶対視する価値観に馴染んでいないことに原因があったかもしれません。
もしそうだとしたら、読むことできっと心が晴れる1冊になると思います。
この本は進路を考える際のヒントにもなる
この本では、「新国立競技場問題」や「横浜の傾斜マンション事件」など、建築業界の問題と言われる部分が取り上げられています。
不動産側という立場ですが建築業界をかじった私から見ても
「あぁ…」「そうだよなぁ…」と思うような生々しい闇の部分が、なかなか赤裸々に書かれていると感じました。
将来を夢見る学生にとっては、結構ショッキングな内容かもしれません。
でも私はそれでもあえて、この本を読むことをおすすめしたいです。
それは、建築業界の裏の事情を知っておくことで、就職先を決める際に落とし穴を選ぶことを避けられると思うからです。
例えば、本を読んで知った建築業界の問題点を踏まえた上で、
意匠性や自己表現を偏重するあまり、使いづらく維持管理コストが膨大な公共施設を提案する建築家がいる
↓
利用者や施設管理者の目線に立って、管理運営を重視した提案ができる建築設計事務所を選ぼう
責任者の経験が浅く、下請に丸任せで傾斜マンション問題を引き起こすようなゼネコンがいる
↓
自分が問題に対処できる現場所長となるために、教育制度が整えられている会社や、ベテラン中堅社員が多く在籍しているゼネコンを選ぼう
このように自分が就職先を選ぶための条件を定めることに一役買ってくれる、進路選択において大失敗を避けられる道しるべとなる本だと感じました。
まとめ
設計が向いていないと思うのは、単に「オリジナル性」を追求する価値観が合わないせいなのかもしれない
一度は憧れた設計の道。
本来絶対ではない建築学科独特の価値観のせいで、自分は設計に向いていないと誤解する学生が一人でも減ることを願っています。
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